IE9ピン留め


私は其の人を常に先生と呼んでゐた。
 世には、影で優越感に浸っている人間が多いと思うのだが。優越感、というより「平均よりはちょっと上だ」という感覚に近いかもしれない。自分って普通の人よりはちょっどだけ頭いい、自分って普通の人よりはちょっとだけ顔が綺麗、というような。表向きは「いやオレ(あたし)なんか~」と謙遜するが、内心では「いやいや自分の方が上だから」と言っているのであろう。


 美人はもともと美人だから、というのは常識である。美意識も無い醜い女が思春期に入り色心を抱き始め、学校内で化粧なんかしてしまって「あたしって、特別美人でもないけれど、普通よりは上よね」などと思ってしまう悲劇的な事象が起こる。顔が整いにくい東洋人国家である我が国は、クラスの女子20人中19人は残念ながら醜い、という傾向にあると思われる。そして残り1人の綺麗な女の子は、他の異性から肉慾の対象とされるのだ。


 さて、なぜ「普通よりちょっと上」という概念を自然と心うちで思ってしまうのか。なぜ表に出して堂々と言わないのか。これは「思ったことを言えない」というのにも繋がる。儒教の影響と、それに戦後民主主義教育の煽りからか。美徳と本心の境目が無くなってしまったのは何時からだ。


 「わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。」で始まる夏目漱石の『こゝろ』にはそんな美徳と自我を問う。明治人の精神たるや、大正浪漫の世に書いたこの文学の神髄作。

 思えばわたしが見た教師は気違いばかりだった。しかし幸い、わたくしには書生時代があと数年残されている。この『こゝろ』に出てくる「先生」のような教師に出会えたらどれだけ嬉しいだろう。
# by kaede7k | 2008-07-17 03:17

ラインを越えて
 我が国で一番這入るのが難しい大学といえば東京藝術大学である。その次が東大京大医学部あたりか。知らない者は、無知者か田舎者か教育にあまり関心がない普通の一般人であろう。

 芸大といえば一見さんお断り、というのは常識だ。知らない者は、わりと普通である。知ったら「絶望した!」と思うだけであろう。一回で這入れることはまず無い。ともかく才能がものを言う世界であり、その他の有名大学なんて誰でも這入れる。

 才能という言葉は残酷だ。努力すれば何でも出来る、と強く教えられて育った我々は、青年期に這入ると「自分には才能がある」とありもしないのについ錯覚してしまう。そう思ってしまう者が悪いのではない。いわば被害者である。そんな錯覚剤を染みこませる親や教師が悪い。

 と、いいつつも、才能が優先される世界に憧れるのは誰もが持つものである。例えばわたしの最初の夢はプロ野球選手であった。10年ほど前か。地域の少年野球に這入ってみたりしたが、いつしか自由にやれる草野球の方が楽しくなっていった。

 醒めてしまったわたしは、スポーツ選手になるとか歌手になるとかタレントになるとか政治家になるとかを本気で言っている同年代の子を見ると、哀しくなってしまう。

 と、いいつつも、夢を見ないで10代後半を送るのも虚しいものである。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーは、かのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを中退して国家公務員になるのを蹴り、ロックンロールの世界を選んだ。そして成功した。なぜか。天性の才能があったからだ。

 結局、夢の世界は才能につながってしまう。夢の世界を虚無視してしまうわたしのような人間は、もはや8番目あたりの目標を達成するのを夢見るしかないのだ。

 と、いいつつも、それなりの会社に這入り、満員電車の中くたびれた顔して夕刊フジを読みながら老いぼれてくのはごめんだー、である。夢とはなんぞや、願いとはなんぞや、と七夕が近いこの頃、思う。



 ちなみに、わたしの1番の夢とは『らんま1/2』の早乙女乱馬/らんまのような体質になることです。もし願いがひとつ叶うというならば、世界平和よりもこっちを選びます。もし神様が叶えてやるぞ、とおっしゃるならば無神論者のわたしでも全ての生け贄を捧げます。
# by kaede7k | 2008-07-04 06:20

最終兵器彼女
 我が国は四季という美しい自然現象があり、その季ごとに人の心を麗しくさせる。が、本来は四.五季と言うべきか、「梅雨」という鬱しい時期がある。

 16年と345日生きてきた中で、梅雨を愛したことは一度もない。過去7年連続でこの時期に本気で死を考えていることになる。世には5月病なるものがあるが、あれは人と合わせているだけで、6月病といった方が論に合う。だから太宰治は6月に自殺したのでないか。くもりのち雨という天気は好きなのだが、この時期は例外である。

 だから今年は本気でオックスフォードあたりに行こうと思っていたのだ。政治家の幹部がこの時期によく北欧で会見したりするのを何故かご存じか。梅雨逃れのため、お国のお金を使って外遊しているのだ、きゃつらは。


 で、まあ7月に這入ったので心機一転しただろうと思い、調子に乗ってニーチェと『最終兵器彼女』なんか読んでしまい虚無に返り咲き。神は死んだから存在しないのだ、だから運命を愛せんとす。

 『最終兵器彼女』とは、最終的に青春あふれて最終的に超かわいい彼女ができて最終的にその彼女が超兵器になってしまっていて最終的に大戦争になって最終的にセックスマンガになって最終的に「セカイは君と共に」となって最終的に読者をボロ泣きさせる作品である。おそらくわたしを一番泣かせたマンガであろう。その次が『めぞん一刻』あたりか。

 虚無と泪を晴らすため、散りゆく紫陽花でも見に行こうと思ふ。
# by kaede7k | 2008-07-01 04:37

Another Brick in the Wall, Pt. 2
 某友人に、真空管アンプを譲ってあげるからから質の良いブログ書いてよ、と言われた。ふざけるなバーカこのオレ様が女こどもが遣るようなものやるわけねーじゃんバーカ、と言いたい所であったが音響酔いのわたしが引き受けない訳がない。それで、いまこの文章を書いている。

 素人が有名人気取りしてウェブログを遣るほど自己愛を表すものはないと思うのだが。「今日はこんなことしました」とだけ書かれても知り合い以外興味ないし。自分の日記に意味がある、と勘違いしている者が多すぎる。

 個人的な、たとえば「今日、好きな人と一緒に食事しちゃいました」みたいなことを書いて自己愉悦に浸る時間があるぐらいなら、自涜に走った方がまだマシですよお嬢さん、と言いたい。自分のガキの写真をアップする時間があるなら絵本でも読んであげろバーカ、と自己主張の強い親に言いたい。偉そうに書いているわたしのこの文章も基本的にゴミであって、真空管アンプのために書いている(期間限定で)。

 有名人の日記なら見たい。意味があるし、その前に興味がある。だから有名人のブログが流行る。

 わたしは基本的に意味のある、すなわち情報になるブログしか見ない。というよりネットの世界を一言でいうと情報であって、意味のある情報と意味のない情報をどう分別してゆくかが使用者に求められる。しかし世の中には「友情」という情報をバーチャルの世界に求める者が多い。だから意味のないブログも流行る。それが間違っているとか否定はしないが、匿名の友情など、基本的に存在しない。


 だけどネットの世界というのはすごいもので「意味がないようで意味のある。というか面白い」ものも沢山ある。たとえばGoogle Earth。昔から地球儀さえあれば1日時間を潰せたわたしからすれば、まさに夢のようなものだ。作家の安部公房が生きていたら寝食を忘れて夢中になっていただろう。

 21世紀に這入って、というか有史以来の超情報化社会になった今、いらないものが多すぎるー「情報」をどう合理的に扱うかを考える必要もある一方、その素晴らしい発展を改めて見渡しそれを利用する楽しみを謳歌するのも悪くない。真空管アンプがこんな文章書くだけで手に入ったのもすべて物資が豊かになったからである。
# by kaede7k | 2008-06-29 04:03
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