我が国で一番這入るのが難しい大学といえば東京藝術大学である。その次が東大京大医学部あたりか。知らない者は、無知者か田舎者か教育にあまり関心がない普通の一般人であろう。
芸大といえば一見さんお断り、というのは常識だ。知らない者は、わりと普通である。知ったら「絶望した!」と思うだけであろう。一回で這入れることはまず無い。ともかく才能がものを言う世界であり、その他の有名大学なんて誰でも這入れる。
才能という言葉は残酷だ。努力すれば何でも出来る、と強く教えられて育った我々は、青年期に這入ると「自分には才能がある」とありもしないのについ錯覚してしまう。そう思ってしまう者が悪いのではない。いわば被害者である。そんな錯覚剤を染みこませる親や教師が悪い。
と、いいつつも、才能が優先される世界に憧れるのは誰もが持つものである。例えばわたしの最初の夢はプロ野球選手であった。10年ほど前か。地域の少年野球に這入ってみたりしたが、いつしか自由にやれる草野球の方が楽しくなっていった。
醒めてしまったわたしは、スポーツ選手になるとか歌手になるとかタレントになるとか政治家になるとかを本気で言っている同年代の子を見ると、哀しくなってしまう。
と、いいつつも、夢を見ないで10代後半を送るのも虚しいものである。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーは、かのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを中退して国家公務員になるのを蹴り、ロックンロールの世界を選んだ。そして成功した。なぜか。天性の才能があったからだ。
結局、夢の世界は才能につながってしまう。夢の世界を虚無視してしまうわたしのような人間は、もはや8番目あたりの目標を達成するのを夢見るしかないのだ。
と、いいつつも、それなりの会社に這入り、満員電車の中くたびれた顔して夕刊フジを読みながら老いぼれてくのはごめんだー、である。夢とはなんぞや、願いとはなんぞや、と七夕が近いこの頃、思う。
ちなみに、わたしの1番の夢とは『らんま1/2』の早乙女乱馬/らんまのような体質になることです。もし願いがひとつ叶うというならば、世界平和よりもこっちを選びます。もし神様が叶えてやるぞ、とおっしゃるならば無神論者のわたしでも全ての生け贄を捧げます。